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(主キリスト信仰のいろはと信仰を継続する方法)


「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」


イエス・キリスト ヨハネ伝15章5節




「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。 これがわたしの掟である。」


イエス・キリスト ヨハネ伝15章12節



「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、私の兄弟、姉妹、また母である。」

イエス・キリスト マタイ伝12章50節

 

生けるキリスト様を信じて生活することとは具体的にどうすることだろうか?

 

 ①まずは、キリスト様を、我がお父様と信じ、子供が母親に欲しいものをねだる様に、キリスト様に、我が願いを聞いてもらい、祈ることです。これが信仰生活のはじめの一歩です。

 

 それに、慣れて来たら、一歩一歩だんだんと、歩むことです。

そして、
② キリスト者になるためには、自分自身が主イエス・キリスト様を信じることです。生けるキリスト様を信じるとは、私の神、我が主なる神として生けるキリスト様を信じることです。 

 

③自分の身を主なるキリスト様の神の宮として聖霊の愛なるキリスト様を内側に、迎えまつることです。

 

④深呼吸をし、自分の身の汚れを口から吐ききり、聖霊のキリスト様の愛の聖なる生命を吸い、身の中に聖なるキリスト様の生命を受け入れる。聖めた後は、身の内にキリスト様の生命を祈り、呼び、キリスト様の生命が身に満ちる様に祈る。週毎でも深呼吸をし身を聖め、キリスト様の生命を受ける祈りをする。

 

⑤人間は誰もが悪い肉の存在であるが、生けるキリスト様に贖いの生命を降して頂く祈りをし、主の贖いの生命を頂きつつ、自分の神に背く悪い罪を悔い改めつつ贖いを求め、少しづつでも贖われていく。少しずつでも聖い姿に近づく様に目指す。 

 

⑥自分の身の贖いの次は、自分の身の聖別に取り組む。贖いで身の悪い部分が贖いつつ、自分の身を、神の聖別の生命で身が少しずつでも聖化されていくように生けるキリスト様に祈り、神の子の姿に近づくことを目指す。       

 

⑦日々の中に朝・夕、また、祈れる時に、生けるキリスト様に聖霊と生命を求めて、それを頂きつつ、キリストの神様の御栄えを祈り、愛なるキリストの神様をほめたたえつつ、キリスト様の神の愛のご支配と神のご性質、という第一のものを求める。
神の国と神の義を求めれば、これらのもの、第二のもの、日常の糧は与えられる、とある様に、また、第二のもの、自分の願い、祈願を祈り、生けるキリスト様を信じつつ生活し、我が祈願について自分でも出来る努力し祈願をキリストの神様により成就される事を確信し、成し、信仰の生活をすること。             

 

⑧ 主キリストの愛の教えの通りに、生けるキリスト様に祈って聖霊の愛を受けつつ、キリスト様が私たちを愛した様に隣人同士互いに愛し合うこと。
主キリスト様の言葉 「あなたの隣人をあなた自身として愛せよ。」の通りに、わたしの隣人を自分自身のように愛すること。 つまり、主キリスト様に愛の生命を下さいと祈り、キリスト様の愛の生命を受けつつ、わたしの隣人に対し、(相手の立場に立って相手の欲することを、その上で自分が欲することを自分にして自分を愛するように、相手に成し、)相手を自分自身として愛することです。   

 

⑨キリスト様に祈り信仰生活をしつつ、天の主の示しを教え示して下さいと祈りつつ、聖書の成句や霊なる生けるキリスト様御自身から神の言葉の示しのささやきに耳を傾けて聞きつつ、天の示しを感じつつ、信仰の手本である聖書を学び、キリスト様の神の御性質を学びつつ歩む。


⑩キリスト様に愛の生命を頂く祈りをしつつ、愛の生命を受け、その生命に動かされつつ、小さくても、自分に身のまわりに愛の生命を流しつつ、主様に導かれながら歩む。
キリスト様ご自身の聖霊なる愛の御性質を聖霊を通して我が身に受けて我が身にさび付かせつつ少しでも愛なる主に自分自身が近づき、我が魂を成長させて頂きつつ、生涯、愛なるキリスト様を信じれるように主よりのお守りを願い、祈り、自分のまわりの人に、信じることの幸せ、救いを、愛の生命を主に祈り、受け、流しつつ、伝え、日々歩む。


この10の教えが生けるキリスト様の信仰生活をする上でのいろはともいうべき大切な事です。
しかし、これらのことは、すぐに出来ることではありません。すぐには出来なくとも、少しずつでも自分に身につく様に取り組む努力をすることが大切です。


それから大事なことですが、この信仰のいろはの10の教えや当Webサイト内の掲載の教えは、信仰の要理や新しい信仰の新入会員者への掟などではなく、堅苦しい規則や義務でもなく、私が聖書の信仰より学んだ事で大切だと思うことを、皆様にアドバイスしているだけです。それをどうぞご理解ください。
主キリストに祈りつつ、これらをほんの少しずつでも出来るだけ出来る様になるように主に祈り、願い、その気持ちで信じ、生涯歩み続けることが、信仰を継続していき、魂が救われ、信仰生活をする爲に役に立つ事だと私は信じます。
皆様がキリストを信じて歩む幸せと、素晴らしさを感じて、歩む生活が始まることを、心からお祈り致します。

 



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