2019年10月3日
『「ところで、あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」彼らが「兄の方です」と言うと、イエスは言われた。「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」』
(マタイ伝21章28~32節 新共同訳)
家業において、父の仕事を子は、素晴らしいと受け継ぎたい子があるのと同時に、ここでも言われているように、父の後姿を日々見てその仕事がとても大変だと感じて、受け継ぎたくないと感じる子もいるでしょう。
子供は雇い人とは違い父親の財産を相続する様になります。この兄は「ブドウ園で働きなさい」と父に言われたときに「いやです」と言いました。父に言われたとき、子供の意識がなく雇い人の様な意識しかなかったからでしょう。しかし、後で考え直して出かけました。
弟の方は、「お父さん、承知しました」と答えましたが出かけませんでした。
私たちは、自分の現在、今の状態、今生きていられることに対して、その価値を見出せない場合が多いです。食べる、着る、飲むなどにしても、現在の自分のある姿より更に良い日常生活状態もありますが、自分とは違い更にとても悪い日常生活状態の場合もあります。
現在今生きていられることのかけがいのない価値を知り、感謝して生きることはとても大切だと感じました。
ここでイエス様は「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」と言われました。
ブドウ園の主人が子供にブドウ園で働けと勧めたが、兄はすぐに行こうとはしなかったが後で考え直した、弟は行かなかった事と、ヨハネが義の道を説いたとき、徴税人や娼婦たちは信じたが、律法学者やパリサイ人などは信じなかったこととを対比しています。
バプテスマのヨハネは、「主の道を備え、その道筋をまっすぐにせよ。」と預言された人でありました。この21章の箇所で、そのヨハネの言葉を信じた徴税人や娼婦たちは、先に神の国に入るとイエス様は言われました。
なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」と言われました。
私たちは、この徴税人や娼婦たちのように、自分に苦しみや悩みのある弱いものは神からの福音をすぐに信じることが出来た事を学び、私たちも出来ればキリストの神の福音を聞いたらすぐに信じることが大切だと感じました。しかし、当時の律法学者やパリサイ人たちのようにイエスの愛の福音を信じることが出来なく幸せからもれるのは残念だと思いました。
私たちは、出来ればキリストの福音を聞いたらすぐに信じることが大切だと思いますが、この箇所でも示されているように、もしすぐに信じられない様だとしても、このブドウ園の兄の様に、後で考え直して出かけた比喩の様に、キリストを信じることが大切だと感じました。