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 | キリストに聞かれる祈りとは



(主の平安と雄々しく生きること)


2021年9月2日


  「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。

  わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

(新共同訳 ヨハネ伝16章23~33節)


  主に聞かれる祈りについてです。


  私が体験した主キリストのご愛と感謝を証しいたします。


  主キリスト様をキリスト者として純真に信じて生活することが大切です。そして主に願う祈りはキリストの愛に沿う祈りが大切と信じます。そして自分の成長のための様な祈りや欲しいものを与えられるなどの様な祈りも主キリストの御名により祈りそれが主の御心ならば祈りの期間が長くかかることはあるかも知れませんが信じ切って得たりと信じて祈り続ければ願いはかなうと信じます。しかし、キリスト様の御心にかなわない祈りや他人に危害を加えるなどの様な祈りは聞かれないと信じます。


  原文訳で読むと「見よ、時がやって来る。そうだ、すでに来ている。君たちそれぞれが自分のところに散らされて、私ひとり残すような≪時が≫。しかし私はひとりではない。なぜなら父が共に居られるからだ。私の内に君たちが平安をもつように、私はこれらのことを君たちに語ってきた。この世では、君たちに苦難がある。しかし、雄々しくあれ!私はすでにこの世に勝っている。」


主キリストはすでに世に勝ち給いました。キリスト様は、悪魔をして一指をも彼に触れしめさせませんでした。死に打ち勝ち復活し給いました。
 この世の中は、どんな人にも困難や悩みを感じさせることが多いと感じます。しかし、生けるキリストを信じて、祈りの生活で問題解決のためにキリストの御名に願い祈りつつ歩むと、平安を与えられて、そして主の御心の中にかなうと願いが聞かれキリスト様と共に雄々しく、世に勝ちつつ歩むことが出来ます。


  私は生けるキリストに信じつつ願いをキリストの御名により祈り、願いが聞かれたことを多く体験してきました。キリスト様を主と仰ぎ、信じて歩むことの幸せを多く感じてきました。願いが多くかないましたが、かなわないこともありましたが、それも同じ種類の別の願いをあげてたいていのことはかないました。後でそれも御心だと分かりました。主キリスト様の恵みと愛を感じいつも主のご愛に感謝を感じております。


  原文訳で読むと「その日には、君たちは何ひとつ私に尋ねない。アーメン、アーメン、君たちに言う。君たちが何でも、私の名において父に願い求めるならば、〈父は〉君たちに与えられる。今まで、君たちは何ひとつ私の名において願い求めたことがなかった。願い求めよ、そうすれば君たちは受け取る。君たちの喜びが満ち充ちているため〈である〉。」


  キリスト様は「しかし、助け主、すなわち私の名において父が遣わされる聖なる霊、その者が君たちにすべてを教え、〔この私が〕君たちに言ったすべてのことを君たちに思い出させる。私は平安を君たちに遺す。私の平安を君たちに与える。この世が与えるようにではなく、私は君たちに与える。」(ヨハネ伝14章26~27節)と言われました。


  キリスト様が与える聖霊は、私たちにすべてを教え、キリスト様の言われた奥義の言葉を私たちに思い出させます。聖霊は、すべてを教え、すべてを可能にし実現させ、すべてを愛し、癒し、救い、すべてを幸せにし、恵みを与える神様の根源だと感じます。キリスト者の私たちは、まず、日々に聖霊を主キリスト様に求めて、聖霊を受け、聖霊の生命の光を主キリスト様より頂いて生きることが大切と信じます。キリストの聖霊を受けてキリストが「私が愛するように汝ら互いに愛し合え」というキリストの兄弟愛を生きることが出来ると感じました。


  そしてキリスト様は、何でも我が願いをキリストの御名によりてキリストの天のお父様に祈れば、君たちは受け取ると教えてくれました。キリストを信じる者の大きな恵みと祝福と感じました。キリスト様の御名はたぐいなき尊き御名と感じます。祈りの最後に尊きキリストの御名によりて祈り上げます。アーメン。と主を尊び祈ることが大切だと信じます。


  もちろん何でも願いはかなうと信じますが、主の御心にあわないものは聞かれないでしょう。神の御心に合わない悪い様なことを祈り願ってもそれは神にあっても自分のためにも他の人の為にも願いはかなわないと信じます。しかし、主キリスト様の御心にかなうことは願いは聞かれると私のキリスト者としての体験からも信じます。


  あなたにもあなたが主の子供の様に純真に生けるキリストを信じて、キリストの御名により、得たりと信じ切って祈り続け、主によりあなたの願いがかなう恵みがなることを祈ります。


  生けるキリスト様のご愛と恵みに感謝いたします。


(参考文献:ギリシャ語原文訳について 『キリスト聖書塾 ギリシャ語聖書対訳テキスト「ヨハネ福音書2」』)


   





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