ホーム > 信仰講話コンテンツ > 聖書の学び目次 > 聖書の学び(エペソ書) >約束された聖霊の注ぎと導き

 | 約束された聖霊の注ぎと導き



(キリストの国を受け継ぐ主よりの嗣業と恵み)


2022年4月7日


   こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。 それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。
(新共同訳  エペソ書1章10~23節)


   「こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。」とありますが、キリストは地上に生まれ、伝道をされ、神の御心を生き、十字架にかかり、贖いの御血潮を流され、死なれ、復活されて、天国へ召天されて神の御許へのぼり、救いの業を完成され、天上、地上、すべてにおける私たちの主となられ、私たちはキリストの僕として主の中で一つになります。血を流した罪は血でしか贖うことができず、私たち多くの神に背いた罪をキリストは十字架で流した御血潮で贖って下さり天の父なる神に対して私たちの罪の許しを成してくださりました。キリスト様は罪なき御方でしたが私たちを神の独り子である自らの血で贖って下さりました。主キリスト様に感謝が絶えません。


  「天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。」とあります。


  この「栄光」という字は、ギリシャ語で、ドクサァ、英語でgloryです。他に、「(よい)評価、賛美、ほまれ、」とも訳せます。
キリストが生まれる前はキリストの誕生を信じて祈り、主が来るのを待ちつつ、神を信じて歩んだ時代。キリストが生まれてからは、人は主キリストを信じることを通し、神の子となり、主の恵みを与えられ、祝されて、天国への道が開かれた時代とも感じます。
キリストの父なる神様は、人間が地上に生み出された時から現在ないし未来まで神の御心のままに行われることのご計画が定められているということです。そしてキリストにおいて私たち主を信じる者たちは、その定められた御計画の中の約束されたものの相続者とさせていただいたとあります。
歴史の起源はキリストの生命そのものであり、歴史の目標は、キリストご自身のご性質を目指し、近づくことにあると感じました。
また、私たちキリストを信じる者は、キリストの恵みと天国の御国を、主からの嗣業として与えられる者として、選ばれたものだと信じ、その恵みに感謝が絶えません。


  「あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。」とありますが、私たちは主キリストを信じて、求めて、恵まれた者は、約束された聖霊を与えられました。そして、それが主の御国を継ぐことの保証であるとあります。主に祈り求めて、主は聖霊と贖いの生命を私たちに注ぎ、私たちの身を聖めて、聖別し、喜びに満たして、恵みを与えます。まことに主を信ずる者には主への願いの祈りもきかれます。


  「どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。」とありますが、私たちのイエスキリストの父なる神は栄光の源であります。 そして信仰向上の眼目は、神の知恵と啓示の霊を主に求めて与えられて、あらゆる問題を解決する恵みの源である神の義、神の御性質を深く知り学ぶ事だと信じます。神の招きは希望と祝福と豊かな恵みに満ちたものだと信じます。


  「また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。」とありますが、私たち信仰者は、主の父なる神に対して、莫大な働きをなさる神の力のすごさを持っている方であるということを悟りたいです。そして父なる神様は神のご自身の右の座に主キリスト様を着かせ、おかれなさいました。今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれたということは、父なる神は子なるキリスト様を最大に愛され、信頼され、任せられたと感じました。
主キリストを信じるキリスト者の私たちはどれほど安心と幸せと恵みに満ちているかと感じました。


   「神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」とありますが、神様はすべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭としてキリストを信じる集団のエクレシアに与えたとあります。キリスト者の集団のエクレシアはキリストの体でありすべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場だとあります。キリスト者の集まりであるエクレシアは主なるキリストに祈ることにより聖霊と生命をいただき主より愛の生命の満たしを受けられます。信仰は、出来れば一人でするものではなくエクレシアの仲間と互いに愛しながらするものだと感じました。信仰者の集団のエクレシアも大切なものなのだと感じました。


   キリスト様は私たちを愛すまことの主であります。 主キリスト様に今後とも心より導きを願うとともに、深く感謝をし、信仰生活をしていきたいと願います。


   





サイトについて    プライバシーポリシー    お問い合わせ

© JeremiahnMoses