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 | マリアの信仰



(願いがかなう祈り)


2020年7月2日

  三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。
(ヨハネ伝2章1~11節 新共同訳)


  
ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った、とあります。ここでイエスの母はイエスの行う奇跡を期待したのでした。イエスは、神様によって、母マリアに聖霊で宿り、神様のお告げを受けて生まれた方なので、イエスには特別な力があると確信していたのかもしれません。


 

  それに対しイエスは、母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」と言われました。 イエスの御業は常に「我が時」即ち父なる神に示されて彼の成すべき時が来た場合に成されておりました。願いをイエス様に祈る時も主の御心のその時が来た時にかなうのでしょう。私たちは、願いをキリスト様に祈り、御心の時まで祈り続け、もしその時が来た時は、最善の形で願いがかなうと確信いたします。


  イエスの母は、それでも、召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った、とあります。  母マリアは、イエスの拒絶にあいつつも尚イエスがその愛する母の願いを絶対に拒絶することは無いことを直感した様です。その僕にイエスの命のままに行動するべき事を言い含めました。  自分の願いを主に祈り、必ずそれが成ると信じて待つことを通し、時が来ると、願いは実現いたします。


  イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。  主への願いを信じて待ったマリアに対してイエスは、願いをかなえて、水をぶどう酒に変える奇跡を起こしました。イエスの最初のしるしでした。


  ただの水をぶどう酒に変えました。イエス様は、「人間にはできないことも神にはできる。」と言われたように、どんなことでも主の御心とその時が来ると願いをかなえてくださります。主に感謝がたえません。


  世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」


   ここでイエスは水をただ、ぶどう酒に変えただけではなく、良いぶどう酒に変えられました。イエス様は、私達の願いに対して、私達が信じて、主の御心にそい、その時まで祈り、辛抱強く信じて待つと、ただ水がぶどう酒に変わっただけでなく、最良の良き葡萄酒を造り与えられます。これと同じように、私達の願いを最良の形でかなえて下さります。
  あなたにも主の恵みの来ることをお祈りいたします。


   





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