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| キリストの言葉は決して過ぎ去らない
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2020年1月4日
「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらすべてのことを見たなら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」
(マタイ伝24章32~35節 新共同訳)
この34節35節は、私の尊敬する他界した伝道者の集団の原文訳によると、『アーメン、私は君たちに言う、この世代は決して過ぎ去らない、これらすべてのことが成るまでは。天と地は過ぎ去る、しかし私の言葉は決して過ぎ去らない。』とあります。
『天と地は過ぎ去る』とあります。すべての被造物には初めがあり終わりもあると感じます。人間も動物も植物も寿命があります。天体も地もいつかは終わる時が来ると感じます。『しかし、私の言葉は決して過ぎ去らない。』とありますが、キリストの聖言葉は決して過ぎ去らない。いつまでも存在し、残り、とどまるとあります。
イエス・キリスト様は、唯一の神、天の父なる神の独り子であります。その言葉は、神の聖なる愛の生命の言葉です。キリスト様の聖言葉は、永遠に生き続け、悩める人類に平和を示し、苦しめる人々の魂を神の愛で救う、幸せの源で、キリスト様の言葉は過ぎ去ることはありません。人類にどんな時代にも人を慰めて救い続ける神の永遠の愛の言葉です。
聖書のキリスト様の御言葉は、一度読んで理解して終わるというよりも、いろいろな場で何度読んでもそのつどその言葉を聞く人々に新しい生命とみなぎる力を与える神の言葉の源泉だと感じます。
このキリストの御言葉が魂に入ると、自分の生命と共に、人生を生きる糧、我が魂を養う愛の生命の源泉となると信じます。
私は、聖書の言葉を聞き、自分でも学んで、その一言一言にどれだけの生きる力をもらったか、その言葉が自分に生きる生命を与え続けているかを感じ神様に感謝が尽きません。
主キリスト様の言われた『天と地は過ぎ去る、しかし私の言葉は決して過ぎ去らない。』との言葉を魂の中に受け入れ、そのまことの意味を思いめぐらしてかみしめて、霊感を主様に求めると、これらキリストの聖言葉は永遠に私たち自身の指針ともなり、聖書のキリスト様の言葉の重要性やキリスト者を生かす源泉、エネルギー源であることに驚きました。
今後も私はキリスト様を信じ、この決して過ぎ去らない、永遠に尽きない、人を生かし、力を与える信仰の手本である聖書のキリストの御言葉を尊び、学んでいきたいと願いました。 (参考文献:ギリシャ語原文参照 ギリシャ語聖書対訳テキストマタイ福音書2(キリスト聖書塾))
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