2024年05月23日
『その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。しかし、彼らが反抗し、口汚くののしったので、パウロは服の塵を振り払って言った。「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く。」パウロはそこを去り、神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移った。彼の家は会堂の隣にあった。会堂長のクリスポは、一家をあげて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた。ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」パウロは一年六か月の間ここにとどまって、人々に神の言葉を教えた。 』
(新共同訳 使徒言行録18章1~11節)
ギリシャ語原文訳で
『これらのことの後、アテネから離れて彼(パウロ)はコリントに来た。そしてポント生まれで、最近イタリアからやってきていたアクラという名の或るユダヤ人と彼の妻プリスキラを見い出してーーー《それは》すべてのユダヤ人たちがローマから離れることをクラウデオ《帝》が命じたためでーーー彼(パウロ)は彼らに近づいて行った。そして同業であるため、彼は彼らの所に住みはじめた。そして働きはじめた。なぜなら彼らは職業においては、天幕職人たちであった。』
ユダヤのラビは自活をし得る様に何等かの商売を習う慣わしがありました。パウロもアクラとプリスキラも天幕造りの仕事をしていました。
パウロは伝道者でありながら自分の仕事も出来る人でした。
ギリシャ語原文訳で
『それで彼はすべての安息日に、シナゴーグ(会堂)において語り合っていた。またユダヤ人たちをもギリシャ人たちをも説得していた。しかしシラスとテモテがマケドニヤから下って来たときには、パウロは言(ロゴス)に迫られていた、ユダヤ人たちにイエスはキリストであるとはっきりと証ししながら。』
この頃のパウロの論調は、アテネでの伝道を反省し、そこでの哲学的論調を放棄して、単純に主イエスの十字架とその復活とにつき語りました。
シラスとテモテとの到着せる後は心に安心を得たのと、手仕事に従事する時間を幾分省くことができたからパウロは伝道に専念をしました。
そしてイエスはユダヤの預言に証されているメシア、救い主であり、キリストであるとはっきりと証しをしました。
ギリシャ語原文訳で
『しかし彼らが反抗し、また冒瀆していたので、彼は上着を振り払って彼らに向かって言った、「お前たちの血はお前たちの頭の上に《あれ》。潔白である私は、今から異邦人たちに向かって行こう」。』
ユダヤ人たちは主の言われるように「目があっても見えず、耳があっても聞こえず」で天の父なる神がイエス・キリストを地上に遣わしても、イエスがメシアだと分かりませんで、パウロの伝道に反抗し、冒瀆をしました。パウロもユダヤ人のためにユダヤ人に向けて伝道をしましたが、キリストの福音をかたくなに受け入れないそれらのユダヤ人にがっかりして上着を振り払い、神の遣わし給えるキリストを拒むことによりて神の審判が彼らの上に下るであろうことを宣言をし、パウロ自身はその審判に関わりなきことを示しました。彼らが福音を拒むことにより異邦人に伝道を向けました。
ユダヤの民は、メシアが地上に誕生をすると預言を長い間待ち続けました。しかし、神様が人の形をとりメシアとして地上に生まれると歓迎するのではなく、拒むとは何と悲しい現実かと嘆くばかりです。
イエスがキリストと信じられ、主に恵まれるキリスト者は何と幸福であるかと感じました。
ギリシャ語原文訳で
『そしてそこから移って、彼(パウロ)は神を畏れているテテオ・ユストという名の或る人の家に入って行った。彼の家はシナゴーグ(会堂)の隣であった。それで会堂司クリスポは、自分の全家族と一緒に主に信じた。またコリント人たちの多くの者たちが聞いて、信じはじめた。そしてバプテスマされていた。さて主は夜中、幻を通してパウロに言った、「恐れるのを止めよ。さあ、語り続けよ、そして黙るな、なぜなら、この私があなたと共に居る。そして誰もあなたを虐待するために、あなたを襲わない。なぜなら、私には多くの民がこの町の中に居る」。それで彼(パウロ)は1年6ヵ月留まった、彼らの中で神の言(ロゴス)を教えながら。』
『そこから移って、彼(パウロ)は神を畏れているテテオ・ユストという名の或る人の家に入って行った。』とありますが、伝道するときにはその地域で信仰のあつい様な人を探してそこを拠点として伝道することが大切だと主が言われておりますが、パウロもそのようにしていたのだと感じました。
『会堂司クリスポは、自分の全家族と一緒に主を信じた。またコリント人たちの多くの者たちが聞いて、信じはじめた。そしてバプテスマされていた。』とありますが、会堂司クリスポとその全家族がパウロの伝道でキリスト信徒となったとは素晴らしいことだと感じました。コリントでの伝道で心掛けた、単純に主イエスの十字架とその復活とにつき語る様な生けるキリストのパウロの伝道が実を結び多くの信者が生まれました。
『さて主は夜中、幻を通してパウロに言った、「恐れるのを止めよ。さあ、語り続けよ、そして黙るな、なぜなら、この私があなたと共に居る。そして誰もあなたを虐待するために、あなたを襲わない。なぜなら、私には多くの民がこの町の中に居る」。』というように、主の僕パウロには、主キリスト様がじかじかに幻を通して、主が語り、伝道を勧め、励ましております。そして主の言葉「私には多くの民がこの町の中に居る」。とこの言葉を信じ受け入れてこの地に1年6か月もとどまり伝道を伝えました。生けるキリストの原始福音はこのようにしるしと力が伴い給うものだと感じました。
伝道とは或る地で失敗してもそれを反省しその対策を打ち次の地で、十字架上の血を流しつつあるキリストとその復活のまことの福音を伝えることによりばんかいして多くの伝道の実、成果を受け取ることができるものだと感じました。私たちは、十字架上で贖いの御血潮を流し死し、しかし復活して今も生きて働き給う生けるキリストを信じて歩むことが大切だと感じました。
パウロと同じく、私たちキリスト者も小さいながら主キリストの福音を、地上で悩める人、求める人に伝えて主の僕として神の愛の救いのための手足となりたい、願いたい、愛の人になりたいと感じました。
あなたに主の恵みのありますことをお祈りいたします。
(参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝2(改訂版))