2025年08月01日
『「そこで、パウロは最高法院の議員たちを見つめて言った。「兄弟たち、わたしは今日に至るまで、あくまでも良心に従って神の前で生きてきました。」 すると、大祭司アナニアは、パウロの近くに立っていた者たちに、彼の口を打つように命じた。パウロは大祭司に向かって言った。「白く塗った壁よ、神があなたをお打ちになる。あなたは、律法に従ってわたしを裁くためにそこに座っていながら、律法に背いて、わたしを打て、と命令するのですか。」近くに立っていた者たちが、「神の大祭司をののしる気か」と言った。パウロは言った。「兄弟たち、その人が大祭司だとは知りませんでした。確かに『あなたの民の指導者を悪く言うな』と書かれています。」 パウロは、議員の一部がサドカイ派、一部がファリサイ派であることを知って、議場で声を高めて言った。「兄弟たち、わたしは生まれながらのファリサイ派です。死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです。」パウロがこう言ったので、ファリサイ派とサドカイ派との間に論争が生じ、最高法院は分裂した。サドカイ派は復活も天使も霊もないと言い、ファリサイ派はこのいずれをも認めているからである。そこで、騒ぎは大きくなった。ファリサイ派の数人の律法学者が立ち上がって激しく論じ、「この人には何の悪い点も見いだせない。霊か天使かが彼に話しかけたのだろうか」と言った。こうして、論争が激しくなったので、千人隊長は、パウロが彼らに引き裂かれてしまうのではないかと心配し、兵士たちに、下りていって人々の中からパウロを力ずくで助け出し、兵営に連れて行くように命じた。その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」』
『夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた。このたくらみに加わった者は、四十人以上もいた。彼らは、祭司長たちや長老たちのところへ行って、こう言った。「わたしたちは、パウロを殺すまでは何も食べないと、固く誓いました。ですから今、パウロについてもっと詳しく調べるという口実を設けて、彼をあなたがたのところへ連れて来るように、最高法院と組んで千人隊長に願い出てください。わたしたちは、彼がここへ来る前に殺してしまう手はずを整えています。」しかし、この陰謀をパウロの姉妹の子が聞き込み、兵営の中に入って来て、パウロに知らせた。それで、パウロは百人隊長の一人を呼んで言った。「この若者を千人隊長のところへ連れて行ってください。何か知らせることがあるそうです。」そこで百人隊長は、若者を千人隊長のもとに連れて行き、こう言った。「囚人パウロがわたしを呼んで、この若者をこちらに連れて来るようにと頼みました。何か話したいことがあるそうです。」千人隊長は、若者の手を取って人のいない所へ行き、「知らせたいこととは何か」と尋ねた。若者は言った。「ユダヤ人たちは、パウロのことをもっと詳しく調べるという口実で、明日パウロを最高法院に連れて来るようにと、あなたに願い出ることに決めています。 どうか、彼らの言いなりにならないでください。彼らのうち四十人以上が、パウロを殺すまでは飲み食いしないと誓い、陰謀をたくらんでいるのです。そして、今その手はずを整えて、御承諾を待っているのです。」そこで千人隊長は、「このことをわたしに知らせたとは、だれにも言うな」と命じて、若者を帰した。』
(新共同訳 使徒言行録23章1~22節)
パウロは、エルサレムでユダヤ人に見つかり、扇動して殺されそうとなったときにローマの千人隊長にエルサレムの中の困難状態が報告されてパウロが何者であるのかと何をしたのかを問おうとしてパウロをとらえました。その時にパウロがユダヤの群衆の前で弁明をすることを千人隊長に許可を取り話し始めました。
パウロはユダヤ人であることを告げ、もとはキリスト教徒をとらえて迫害し殺す側の人間であったことを話しました。しかしダマスコ途上で突然天から強い光に照らされて主イエスから声をかけられ、回心をした話をしました。するとユダヤの群衆はパウロを生かしてはおけないと騒ぎを起こしました。それで千人隊長はパウロをとらえました。そして千人隊長は、なぜパウロがユダヤ人から訴えられているのかを知りたいとして祭司長たちと最高法院全体の招集を命じてパウロを彼らの前に立たせました。
大祭司アナニアは、パウロの近くに立っていた者たちに、彼の口を打つように命じた。パウロは大祭司に向かって言った。「白く塗った壁よ、神があなたをお打ちになる。あなたは、律法に従ってわたしを裁くためにそこに座っていながら、律法に背いて、わたしを打て、と命令するのですか。」近くに立っていた者たちが、「神の大祭司をののしる気か」と言った。パウロは言った。「兄弟たち、その人が大祭司だとは知りませんでした。確かに『あなたの民の指導者を悪く言うな』と書かれています。」とあります。
この時にパウロは大祭司アナニアの彼の口を打つように命じたことに対して、反論をしましたが、近くにいた者が「神の大祭司に対してののしる気か」と言ったことに対して「兄弟たち、その人が大祭司だとは知りませんでした。確かに『あなたの民の指導者を悪く言うな』と書かれています。」と言いましたが、それは話したことを改めたのではなく、アナニアは大祭司とでもありながらおかしい態度だというような皮肉の意味も込めて力強く述べたのでした。
『パウロは、議員の一部がサドカイ派、一部がファリサイ派であることを知って、議場で声を高めて言った。「兄弟たち、わたしは生まれながらのファリサイ派です。死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです。」パウロがこう言ったので、ファリサイ派とサドカイ派との間に論争が生じ、最高法院は分裂した。』とあります。
『パウロは議員のうちにサドカイ派とファリサイ派の人たちがいたのを見て判断をしてその場に一言、火種を投げ入れました。
イエス・キリストは、十字架にかかり死にましたが復活をしました。そして最高法院で「死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです。」と言いました。最高法院議会でパウロの主張を進めるために、ファリサイ派とサドカイ派との間に論争が生じ、最高法院の分裂をはかり上手く成功させました。
『ファリサイ派の数人の律法学者が立ち上がって激しく論じ、「この人には何の悪い点も見いだせない。霊か天使かが彼に話しかけたのだろうか」と言った。』とあります。
ユダヤ人のファリサイ派の中の律法学者はパウロにとりあえず賛同するものまで出ました。
『こうして、論争が激しくなったので、千人隊長は、パウロが彼らに引き裂かれてしまうのではないかと心配し、兵士たちに、下りていって人々の中からパウロを力ずくで助け出し、兵営に連れて行くように命じた。』とあります。
パウロの作戦はうまくいき、最高法院からパウロを兵営に連れて行かれました。
ギリシャ語原文訳で
『そしてその夜、主は彼(パウロ)のそばに立って言った、「勇気を出せ。確かに私に関することをエルサレムに対してあなたははっきりと証したように、同じようにローマに対してもあなたは証ししなければならない」。』とあります。
主キリストはその夜パウロのそばに現れて立って示しを伝えました。天にいる主イエスが地上に現れてパウロのそばに立つという姿を知り、どれほど主キリストはパウロを愛しておられたかと感じました。そして主はエルサレムでのパウロのはっきりと証したことを評価して、さらに同じようにローマでも証しをするようにパウロに期待をいたしました。
『夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた。このたくらみに加わった者は、四十人以上もいた。彼らは、祭司長たちや長老たちのところへ行って、こう言った。「わたしたちは、パウロを殺すまでは何も食べないと、固く誓いました。ですから今、パウロについてもっと詳しく調べるという口実を設けて、彼をあなたがたのところへ連れて来るように、最高法院と組んで千人隊長に願い出てください。わたしたちは、彼がここへ来る前に殺してしまう手はずを整えています。」
ユダヤ人たちはその後パウロを殺そうと陰謀をたくらみ行動を開始しました。主キリストは魂を救い生かすことを大切としますが、目の見えないこの時のユダヤ人たちはその存在が神の愛されていて大切であるパウロを殺そうとしました。ユダヤの十戒にも「人を殺してはならない」という戒めがあるのに、神の戒めを自己流に解釈をして破り捨てているのではないかと悲しく感じました。
しかしユダヤ人の悪い陰謀を神は見過ごしはいたしませんでした。
パウロの家は名のある家だったようで、その陰謀をパウロの姉妹の子が聞きつけパウロに伝えパウロはその人を千人隊長のところへ行ってそのことを伝えることをさせて千人隊長はユダヤ人たちの陰謀を事前に知ることとなりました。これによりパウロはユダヤ人たちのこの時のこの悪い陰謀を受けない道が開かれました。
パウロはエルサレムへ、そしてローマに危険を恐れずに入り、あらゆる危険を受けながらもそれに対処していき、主キリストの愛の福音を説く人生を歩みました。パウロは自分の姿をキリスト者に手本として見せて、どんな苦難や困難も恐れずにキリストの為に生きることの幸せと喜びを伝えました。
この後もパウロに対する裁判や困難は続きますが、キリストの為ならばどんな迫害困難も糞土の様に思うというような気持で生きたパウロを私たちは少しでも見倣いたい、近づきたいと願います。
パウロは、危険多きエルサレム行き、ローマ行きについて、普通の人だったら自分の身の危険を考えて優先して行動や自粛を選択すると思われるのに、キリストの福音がなり神の中に多くの人の魂が救われるためには、死を覚悟して、キリストの愛の福音が広がり幸せが地上になるためにはどんなことをしてもキリストの愛を伝えました。
これは普通の人には出来ることか分かりませんが、私たちも少しでもパウロに倣い学んでいきたいと思います。
主キリストの中に、あなたの上に主の御愛の力と恵みを祈り上げます。
(参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝3(改訂版))